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2005年11月24日 (木)

今までのバイクライフを振り返って

入院中で時間がしこたまあるので、今までのバイクライフを振り返ってみようと思う。

初めて取得した免許は原付免許。高校卒業を一週間後に控え、今も良き友人であるV君と一緒に原付免許を取得した。自分は大学進学のため石川県の金沢へ行くことが決まっており、そちらでの足として原付を使用することを考えていたため。

初めて乗った原付は、母親が乗っていたスズキのバイク(だったと思う)。目一杯アクセルを回しても50km出るか出ないかといったバイクだったが、初心者には丁度いいバイクだった。その後、ホンダの初代Dioを購入し、大学の通学に使用していた。

大学に入学した年、姉が中型二輪の免許を取得し、ホンダのVT250FE(白/青)を購入。それに触発され、僕も中型二輪免許を取得することに。本当は普通免許を取得してから二輪免許を取得する方がお金もかからず効率的であったが、“学生身分で車のオーナーになれるわけが無い。バイクのオーナーにならなれる!”と、普通免許を取得せずにいきなり中型二輪免許を取得した(結局はその一年後に普通免許を取得することになるのだが…)。

さて、免許を取得したが肝心のバイクが無い、と思っていたら姉がVTをくれた。姉は150cm位の身長なので足付きの良いCBR250Rを購入するつもりであったらしく、運よくそのおこぼれに預かることができた。

VTを手に入れ、ここから僕のバイクライフが始まった。

当時(80年代後半)は大型バイクも珍しく、バイクと言えば250ccが主流の時代。車検の必要な400ccに乗っている人も少なく、今から考えれば非力なバイクでも結構楽しく走ることができたと思う。

そんなVTで、長期休みに名古屋(実家)〜金沢(大学)を往復するのが当時の楽しみだった。ブーツを履き、タンクバックを付け、タンデムシートにも荷物をくくり付け、デイバッグを背負ってロングツーリング気分でバイクに乗った。今から考えるとかなり大袈裟だったなぁ。

VTに2年ほど乗った時、いとこがVFR400R(初代プロアーム)を安く譲ってくれると言ってきた。400は車検があるからなぁと思いつつ、その話に飛びついた。

VFRは当時の最新の技術(プロアーム、カムギアトレイン、etc..)を投入したバイクで、とにかく速かった。VTとは比較にならない位の乗り易さで、とても楽しかった。

そんなVFRも車検の時期が近づいてきた。当時、オフ車にも興味があり、車検と同じくらいの費用でスズキのDR250(初代)が買えたため、いきなりオフ車に転向。う〜ん、浮気性だ…。今思うと、この頃から単気筒もしくは二気筒が好きだったように思える。マルチは振動が少なくてスムーズなんだけど、イマイチ“バイク”といった感じがしない。やはりバイクは振動がないとね。

で、DRを手に入れ、大学の友人等と林道へちょくちょく走りに行ったりした。結局、DRも大学を卒業する時に友人に売ってしまった。

大学卒業後、実家のある名古屋で就職。実家には姉のCBRが殆ど乗られることもなく放置してあったので、それを借りて乗り回していた。CBRは非常によく回るエンジンを搭載しており、モーターみたいだった。でも、トルク感があまり無くて、ちょっと寂しかったかな。

仕事の都合で2年程バイクに乗れない期間があり、そのまま結婚へ。この頃はあまりバイクに熱中していなかった時期であるが、バイクが欲しい旨を妻に話した処、なんとOKの返事。始めは125ccのスクーターを考えていたのだが、どうせならということで、ヤマハのMajesty SVを購入。

Majestyは発表された当時から気になっており、まさか自分がオーナーになるとは思ってもいなかった。当時は今みたいなスクーターブームがくる前であったため、乗っている人も少なかった。

Majestyには妻も乗りたい(もちろんタンデムシートに)と言ってくれ、夫婦でタンデムツーリングすることもあった。Majestyは荷物を沢山搭載することができたため、夫婦で一泊ツーリングなんてこともできた。今思うと懐かしい限り。

そんなMajestyも自動車に追突されて廃車に。幸い体の方は打撲のみで済んだが、バイクはボロボロ。しかし、事故相手に相談(?)して新型のMajestyを買わせ、またまた復活。新型はさらに格好よくなっていて、痛い目にあったけど結果オーライといったところかな。

この頃からツーリングクラブ★With the Wind★に参加するようになった。クラブと言っても、同じ高校の卒業生で作った身内の集まりで、同級生であるM.Esaki君に誘われてミーティングに参加したのがきっかけ。

この頃と時を同じくして、鞍掛峠も知ることに。

会社の同僚であるてらみつ君に誘われて、初めて鞍掛峠へ。この時、R1のおやじさん(当時はCBRのおやじさん)とCBRテツヤさん(当時はZZRテツヤさん)と初めて会った。

この時から鞍掛へはちょくちょく遊びに行くことに。と言っても、僕は少しだけ走るだけで、後は写真を撮ったりしゃべったりするだけなのだが。なお、僕が誘ったV君(当時はNSR)は鞍掛に大はまりで、その勢いで大型二輪も取ってしまった。

DUCATIと巡り合ったのも丁度この頃。

前出のてらみつさんの納車に付き合い豊橋の赤男爵へ行った時、そこで初めてMonsterを見た。僕は基本的にバイクの雑誌類は見ていなかったので、当時は既にメジャーなバイクになっていたMonsterを全く知らなかった(汗)。第一印象は“カッコイイ”の一言。まさに一目ぼれ状態。てらみつさんに聞くと、日進にDUCATIの正規ディーラーがあると言うので、早速遊びに行くことに。

店の名はモトプラン。店の中にはDUCATIが沢山置かれており、Monsterなら400ccもあると言われたのが運のツキ(?)。妻もMonsterを気に入ってくれたため、Majestyを下取りに出してMonsterを購入。当時、スクーターブームが始まったころであったこともあり、一年落ちのMajestyは新車購入時の値段と変わりない価格で下取ってもらえたのも運が良かった。

Monsterはもちろんマフラーを交換。定番のテルミニョーニに。これだけでかなり迫力のある排気音になった。僕はMonsterのスタイルとこの排気音に惚れたので、かなり満足していた。

そんなこんなでMonsterに乗り始め、快適なバイクライフを送っていた。ある時、仕事が一息ついたため、大型二輪の免許を取得するために何年かぶりに教習所へ通うことにした。この時は仕事の都合で茨城県に住んでおり、そちらの教習所へ通った。特にヘマすることも無くストレートで卒業。とりあえず免許だけ持っていようというつもりであったため、そのままバイクを変える事なくMonsterに乗り続けた。

大型二輪免許取得の1年半後、事故に遭ってしまいMonsterは廃車。体も痛めてしまった。この頃、妻が普通二輪の免許取得のために教習所に通っている最中。夫の事故にも左右されることなく、無事普通二輪免許を取得してくれた。

妻の夢は僕と一緒にツーリングに行くこと。何としても復活したい。DUCATIは高いから国産車の中古にしようかとも思ったが、やはりDUCATIがいい。この頃にS2R発売の知らせが入った。値段を確認したところ、思ったより安かったので直ちに注文。しかし、4ヶ月待った処で今年入荷する見込みが無いとの連絡が。どうしたものかと思っていたところに、S4の新古車の話があり、そちらにくら替えした。

S4が納車され、妻と一緒にツーリングに行った。これで妻の希望をかなえることができただろうか。これからも一緒に色々な場所へ走りに行きたいと思う。

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コメント

むらっしさん
イヤーVT250FにVFR400R懐かしいです。本当に名車でしたね。
むらっしさんにVTを譲って貰い私のバイクライフが始まったので…
バイク病はむらっしさんのせいですね。(⌒▽⌒)アハハ!
私もバイクは替わったけど復活したので、これからも一緒にツーリングに出かけましょうね。

投稿: V君 | 2005年11月24日 (木) 19時47分

いや~、久々の長文、疲れました。
懐かしいでしょ?。もう18年位前の話になるからね。と言うことは、今までの人生の半分はバイクに関係していたということになるのかな?(多少離れていた期間はあるにせよ)。
これからもお互い気を付けてバイクライフを堪能しましょう。

投稿: むらっし | 2005年11月24日 (木) 20時20分

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